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東京地方裁判所 昭和60年(ワ)11250号 判決 1992年1月30日

原告

村山貞子

村山薫

竹内陽子

右原告ら訴訟代理人弁護士

杉井静子

被告

薬師寺正章

右訴訟代理人弁護士

青木康

主文

一  被告は、原告村山貞子に対し金三五四七万九〇二二円及び内金三二九七万九〇二二円に対する昭和六〇年六月二八日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告村山薫に対し金一七七三万九五一一円及び内金一六四八万九五一一円に対する昭和六〇年六月二八日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告は、原告竹内陽子に対し金一七七三万九五一一円及び内金一六四八万九五一一円に対する昭和六〇年六月二八日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

四  原告らのその余の請求を棄却する。

五  訴訟費用はこれは三分し、その二を被告の負担とし、その余を原告らの連帯負担とする。

六  この判決は第一ないし三項にかぎり仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告村山貞子に対し、金五一七一万六九九五円、同村山薫及び同竹内陽子に対し、それぞれ金二五八五万八四九七円並びに原告村山貞子については内金四九二一万六九九五円、同村山薫及び同竹内陽子については各内金二四六〇万八四九七円に対する昭和六〇年六月二八日から支払い済みまで、それぞれ年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一概要

本件は、直腸癌で死亡した亡村山孝(以下「孝」という。)が、癌の確定診断を受ける約九か月前(死亡の約二年前)に、被告が開設する診療所において人間ドックによる診察と検査を受け、その後さらにレントゲン撮影による注腸検査を受けた際、すでに直腸癌に罹患しており、レントゲン写真にはこれを疑うべき病変があったのに、被告は、異常なしと診断して孝に告げたために、孝はそれ以上の検査や治療を受けなかった。そのために直腸癌が進行し、孝が死亡するに至ったことにつき、その遺族である原告らが、被告に対し、右レントゲン読影の際に直腸癌を見落とした過失があったとして、不法行為ないし診療契約上の債務不履行責任に基づく損害の賠償を求めている事案である。

二経緯

1  孝は、昭和六年五月二八日生まれの男子である。孝の相続人は、妻である原告村山貞子(以下「原告貞子」という。)と、子である原告村山薫及び同竹内陽子の合計三人である(争いがない)。

2  孝は、昭和五八年七月二二日、人間ドックによる診察と検査を受けるために、当時被告がその開設者であった「きさらぎ会」明宝ビル診療所(以下「明宝診療所」という。)を訪れた。当時、孝は、日本ブリタニカ株式会社の取締役をしていたが、同社の役職員は、同社の嘱託医であった右診療所に診察を受けに行くことが常となっていた。孝が人間ドックの初診を受けたところ、その日のうちに検査結果が出て、被告から、胃炎(粘膜萎縮)を認めるが心配はないとの診断を受けた。しかしなおも便秘が続くので、孝は同月二六日、再び明宝診療所を訪れた。そこで、被告は、孝の注腸検査を実施することとし、被告の指示した注腸検査準備表に従い、三日間にわたり孝に準備をさせた上、同月二九日、注腸検査を実施し、注腸のレントゲン写真計一五枚を撮影した。同年八月一日、被告は孝に対し、右検査の結果を説明し、便通異常との診断をした(争いがない)。

孝は、その後も同年一一月一六日まで、数回、明宝診療所に来院し、翌五九年には、三月一二日、同月二一日及び同年四月四日の三回にわたり、明宝診療所を訪れ、岩橋医師から便秘治療薬であるソルダナ等の投与を受けた(争いがない)。

3  孝は、昭和五九年四月一一日、浅見胃腸科外科医院において、直腸指診、直腸鏡検査等を受けたところ、直腸に潰瘍があることがわかって、その手術を受けることとなり、同月一七日、同医院に入院した(<書証番号略>)。同月二五日、孝の開腹手術が施行されたが、切除不能の直腸癌と判明した。右手術所見によれば、腫瘍(癌)は主として下部直腸にあって上部直腸にも及び、その大きさは腹腔内外を合わせると小手拳大であった(<書証番号略>)。

孝は、同年五月一二日、国立病院医療センターに入院し、同年六月二八日、直腸癌の全摘手術を受けて、同年九月中旬退院し、その後も通院加療を続けたが回復せず、翌六〇年三月一五日、同センターに再入院し、抗癌剤の投与を受けたが、治療のかいなく、同年六月二八日、死亡した(<書証番号略>)。

三争点

1  レントゲン読影についての過失(ないし債務不履行)の有無

(一) 原告らの主張

(1) 過失

昭和五八年七月二九日の孝の注腸検査の際に撮影したレントゲン写真一五枚のうち、二枚(甲二1・2。以下甲二3と伴せて「本件レントゲン写真」という。)中に、癌を疑わせるに足りる異常な影像が写し出されている。その影像とは、甲第二号証の一のレントゲン写真添付のトレーシングペーパー二枚のうち「第二号証の一(写す)」との記載のあるものに書き込まれた矢印のうち、下の矢印の指す部分(証人水野によれば、肛門部から直線距離で約六センチメートルの左側の壁の所にある、大きさ約1.5センチメートルで高さがあまり高くない比較的平たい隆起による陰影。以下「A陰影」という。)並びに、右トレーシングペーパー記載の矢印のうち上の矢印の指す部分及び甲第二号証の二のレントゲン写真添付のトレーシングペーパー二枚のうち「第二号証の二(写す)」との記載のあるものに書き込まれた矢印の指す部分(被告本人尋問の結果によれば、直腸上部のS字状に近い所で腸管が折れ曲って直腸に入る個所であり、証人水野の証言によれば、大きさ約1.5センチメートルで無茎性(茎があってひらひらするものでない。)の平べったい隆起による陰影。以下「B陰影という。)の二つである。

被告は、右各陰影の存在を認めて、直腸癌の可能性を疑い、さらに内視鏡検査をする等して適切な診断、治療をなすべきだったのに、右写真の読影を誤って、孝の死亡原因となった直腸癌を示す右各陰影の存在を看過したばかりか、同年八月一日、孝に対し検査結果を説明した際に、何ら異常は認められないとの誤った説明をした。

また、仮に、被告がその読影能力に欠け、又は十分な人的物的設備を有していなかったのであれば、被告には、他の病院を紹介し、あるいは転医勧告等をなすべき義務があったのに、漠然とこれを怠り、必要な措置をとらなかった。

(2) 債務不履行

昭和五八年七月二六日に、孝と被告との間で締結された診療契約は、直腸癌を含めた癌の精密検査を内容とするものであり、これにより被告の負った債務の内容は、右診療契約に基づく一般的医学水準に従って、レントゲン検査、内視鏡検査、生検等を実施して、便秘の原因たる(早期)直腸癌の適切な診断を行うことであった。このことは、直腸癌が五〇才台の男性に多く、その主な初期症状は便秘等の便通異常であること、及び被告がわざわざ人間ドックの検査事項にない注腸検査を実施していることからも明らかである。しかるに、被告は右債務の履行を怠って直直癌を早期に発見できずにこれを看過した。

(二) 被告の主張

(1) 過失について

被告は、本件レントゲン写真を見て、A陰影についてはおそらく糞便であると判断し、B陰影についてはおそらく腸のたわみないしくびれ、ねじれと判断し、孝に対しては、今後とも出血の有無等の経過観察が重要である旨を告げると共に、便通異常との診断をした。現在でも、当時のこの判断は誤っていないと考えている。

また、被告の負う注意義務の基準となるものは、診療当時の臨床医学の実践における医学水準である。この点、鑑定人水野富一は放射線診断学の専門家であるから、レントゲンの読影につき優れた拾い上げ能力を有するが、被告は、本件レントゲン写真読影の際、昭和五八年当時の一般内科開業医の医療水準程度の拾い上げ能力を有していたが、それ以上の特別な能力があったわけではなく、この一般の開業医の水準からすれば、本件各陰影が直腸癌を疑うべき病変であることを読み取れなかったとしても過失はない。

(2) 債務不履行について

昭和五八年七月二六日に、孝との間で締結した診療契約は、便秘に関して適切な診療を行うことを目的とするものである。直腸癌を含めた癌の精密検査を内容とするものではない。したがって、被告には、原告主張のような義務はない。この契約に基づき、被告が行った診療は、同人の生命身体を害するものでなかったし、便秘に関する診療としては適切なものであった。

2  被告の診療と孝の死亡との間の因果関係

(一) 原告らの主張

(1) 本件レントゲン写真にあらわれているA陰影及びB陰影は、早期直腸癌であった可能性が高い。早期直腸癌の大きさは、大部分が直径二センチメートル以下であるところ、AB両陰影とも大きさが約1.5センチメートルであるからである。

(2) 鑑定人水野富一の鑑定結果(以下「水野鑑定」という。)によれば、二センチメートル以下の大腸癌患者の手術後の五年生存率は九〇パーセント以上である。また、本件レントゲン写真にあらわれている影像が、仮に進行癌だったとしても、証人浅見恵司の証言によればⅠ期(ステージⅠ)にあたるが、甲第一八号証によれば、ステージⅠの患者の手術後の五年生存率は九〇パーセントである。したがって、被告が本件レントゲン写真を正しく読影して、直腸癌を発見し、しかるべき医療施設において直ちに全摘手術をしていれば、孝は治癒ないし延命しえた。

(3) 仮に、本件の直腸癌が、極めて成長速度の速い癌だったとしても、本件レントゲン写真を正しく読影し、これに基づき直ちに手術をしていれば、やはり治癒ないし延命しえた。このことは、鑑定人近藤誠の鑑定結果(以下「近藤鑑定」という。)からも明らかである。

(二) 被告の主張

(1) 本件レントゲン写真にあらわれている各陰影が、早期直腸癌であるとの証明はない。写真にあらわれる長さと、不整形の立方体である実物の長さとは違うから、1.5センチメートルという大きさは根拠とならない。また、証人浅見の証言によれば、進行癌とのことであるし、鑑定人水野も早期癌と進行癌のどちらとも判断はできないと述べている。

(2) (1)で述べたように、本件の直腸癌は、進行癌の可能性が高かった上、その倍加時間がわずか1.8か月という、極めて成長速度の速い癌であったから、仮に昭和五八年八月一日の時点で癌の疑いを知らされ、手術を受けたとしても、延命できたとの証明はない。

(3) また、近藤鑑定は、本件直腸癌と同じ程度の癌患者の術後の五年生存率は九〇パーセント以上であるとしているが、その数字は水野鑑定に依拠しているにすぎず、根拠としては充分ではない。また、鑑定人水野自身も、五年生存率が九〇パーセントであるとは言い切れないと証言している。

3  原告らの主張する損害

(一) 逸失利益

孝の死亡当時の月額収入は一〇五万円であるから三五パーセントの生活費控除をした上、死亡時の五四歳から六七歳(日本ブリタニカ株式会社には、役員定年制がなかった。)までの一三年間を就労可能年数として、一三年の新ホフマン係数である9.821を乗ずると、原告らの逸失利益は八〇四三万三九九〇円となる。

(二) 慰謝料

一八〇〇万円を下らない。

(三) 弁護士費用

原告貞子は二五〇万円、その余の原告らは各一二五万円を、報酬として原告代理人に支払う旨約した。

第三争点に対する判断

一レントゲン読影の際の過失の有無について

1  まず、本件レントゲン写真読影前後の事情は、証拠(<書証番号略>原告貞子本人、被告本人)によれば以下のとおりと認められる。

(一) 孝は、会社の嘱託医である明宝診療所には、昭和五五年ころから通っていたが、昭和五七年六月一〇日に便秘を訴えて、投薬治療を受けたことがあった。孝は、結婚後年一回は人間ドックを受けていたが、昭和五八年七月二二日にも、人間ドックによる検査を受けるために明宝診療所を訪れた。同日、被告は、人間ドックの諸検査のうちの一つとして、直腸指診を実施した結果、異常なしと判断した。直腸指診とは、肛門から指を入れて触診することであるが、被告は、右手の人指し指を入れて診察したので、孝の肛門縁から約六センチメートルしか届かなかった。

(二) 同月二六日、孝は、再び明宝診療所を訪れ、四、五年来便秘傾向にあり、この四日間便秘が続いたこと及び今朝(二六日朝)便通があったことを告げたので、被告は、注腸検査を実施することとした。

同月二九日、被告は、孝の注腸検査を実施した。バリウムを孝の肛門から回盲部まで入れる過程で、同診療所の円岡医師が、バリウムの通過状態を見るため、レントゲンの透視をしながら、死角をなくし全体にわたって見られるよう、バリウムを入れたり抜いたり、空気を入れたり、孝の体位の角度を変えたりした。被告は、便秘をきたすような原因が大腸に認められるか否かを確認するため、念のため、注腸のレントゲン写真を撮るよう、円岡医師に指示した。円岡医師はレントゲン写真を一五枚撮ったが、そのうちの三枚が、本件レントゲン写真(甲二1ないし3)である。

(三) 同年八月一日、被告は、孝に対し、人間ドックによる検査と注腸検査の結果を説明した。人間ドックについては、問診の際に狭心症を疑ったが心電図は正常だったので、煙草をあまり吸わないようにと忠告しただけであった。注腸検査については、撮ったレントゲン写真一五枚を孝に示しながら、肛門から回盲部までバリウムの入っていく状況あるいは影像から、便秘をきたすような閉塞状態は認められないと説明した。これらのレントゲン写真を被告が見たのは、この時が初めてであったが、本件レントゲン写真三枚については、被告は、いずれも異常を認めなかった。すなわち、甲第二号証の一のうちのA陰影については、像が抜けていて少し変に思ったが、指の届く部分であり、直腸指診をして異常なしと判断していたので、おそらく糞塊であると考えた。甲第二号証の一、二のうちのB陰影については、、いずれも直腸上部のS字状に近い所で、腸管が折れ曲がって直腸に至る部分なので、折れ曲がり、ひねり、たわみ(あるいはくびれ、ねじれ)のようなものと判断した。そして、被告は、結局、孝に対し、便通異常との診断を下した。

2  そこで、被告の右診断に過失があるか否か検討する。

(一) 一般に、注腸によるX線診断においては、糞塊、腸管の屈曲部、骨陰影等があたかも隆起性病変のように描写されて診断に迷うことがたびたびあり、また、直腸、S字結腸においては、腸相互の重なり、バリウムのたまり等避けることのできない解剖学的諸条件のために、隆起性病変が見逃されやすいことが指摘されている(<書証番号略>)。

(二)  しかしながら、右のように、本件直腸癌の発生した部位が、一般的には診断が難しい場合もありうる場所であることを加味して考えてもなお、被告が、本件レントゲン写真の読影に際し、直腸癌の可能性を疑わず、漠然と便通異常と診断したことには過失がある。その理由は以下のとおりである。

(1) まず、A陰影(証人水野の証言によれば、肛門部から直線距離で約六センチメートルの左側の壁の所にある、大きさ約1.5センチメートルで高さがあまり高くない比較的平べったい隆起による陰影。)について、被告は糞塊と判断した。

一般に、糞塊と隆起性病変とを区別する上での大きな特徴として、移動性の有無が挙げられる。すなわち、異常陰影が複数の写真上で異なった場所に移動して見られる場合は、糞塊と断定できるが、複数の写真上で同じ場所に異常陰影が認められた場合は、癌の可能性を含む隆起性病変を疑うことが適切である(<書証番号略>証人水野)。しかるに、本件のA陰影は、甲第二号証の1・3のいずれの写真上でも、同一部位に認められて移動していないから、これを糞塊と判断すべきではなかった(証人水野、水野鑑定)。

被告は、これを糞塊と判断した根拠として、人間ドックの際の直腸指診で異常を認めていなかったことを挙げる。すなわち、被告は、直腸指診を行う自分の右手人指し指が約六センチメートルの所まで届くのに、肛門部から約六センチメートルの左側壁の所にあるこのA陰影を直腸指診の際に確認していないので、糞塊だと考えたというのである(被告本人)。しかし、右陰影が肛門部から直線距離にして約六センチメートルの所にあるということは、直腸が屈曲していることからすると、肛門縁からの実際の距離はもっと長く(証人水野)、直腸指診の際にこれに触れなかったとしても当然であった。ところが被告はA陰影部分が指診の範囲外に存在することを看過し、また移動性のないことを考慮せずに、直腸指診では何も異常を認めなかったことから、A陰影を糞塊と速断してしまったのであった。

(2) また、B陰影(直腸上部の大きさ約1.5センチメートルで無茎性の平べったい隆起による陰影)については、甲第二号証の一ないし三のいずれによっても、移動がなく同じ部分に見られるから、まず糞塊の可能性は否定される(証人水野、水野鑑定)。そして、被告が主張するように、B陰影だけでは、直腸のたわみ等と見間違える可能性があったとしても、癌の可能性を含む隆起性病変を疑うべきA陰影の存在と合わせて考えれば、やはりB陰影についても何らかの隆起性病変の可能性を疑うべきであった。

このような隆起性病変については癌を疑い直ちに内視鏡検査等を行えば、短期間のうちに癌の確定診断を得ることができた筈である(証人水野)。

(3) 直腸癌を含む大腸癌の患者全体のうち五〇〜七〇歳台の患者が四分の三を占めるが、当時孝は五二歳であったから大腸癌を疑ってしかるべき年令であった。また孝は、四、五年来便秘の傾向にあったが、直腸癌と判断する徴候の第一は下血、その第二は便秘であり、初期症状には便秘等の便通異常が多いとされているところ、当日の朝はたまたま便通があったけれども、その前四日間にわたって便秘が続いた後に、孝は、七月二六日に再び診察を受けに来て便秘が続いていたことを訴えたのであった(<書証番号略>、被告本人)。このようにこの時点で孝について直腸癌罹患の可能性を疑うに足りる徴候があり、しかも本件レントゲン写真上癌の可能性を含む隆起性病変の存在を疑わせる陰影が認められるから、直ちにその確定診断のために直腸鏡検査等を行うべきであったのに、これを看過して、漫然便通異常との診断を下した被告には医師としての過失の責めを免れない。

(4) なお、被告は、証人浅見の証言中の、六割の医師は本件レントゲン写真を見て、癌の疑いを持たなければならないという部分を有利に援用し、四割の医師は見落とす可能性があると主張するが、それがその当時の医療水準であることを示す数値でないことは明らかであって、何ら前記判断を左右しない。

また、被告は、水野鑑定中の、直腸癌の可能性を疑わなかったことは医師として適切でなかったとの指摘につき、水野医師は放射線診断学の専門家であるのに対し、被告は昭和五八年当時の一般内科開業医の医療水準程度の読影能力しかなかったと反論する。

しかし、証人浅見の証言及び水野鑑定によれば、A陰影及びB陰影ともに、消化管検査を行い、それについての診断をなしうる医師であれば、直腸癌の可能性を含む病変であることに疑いを抱くべき陰影であることを読み取れるものであって、特にその読影についてさらに専門的訓練等が不可欠なものではないと認められる。被告は直腸癌の患者を年間二、三例みており、消化器の検査等も明宝診療所で行っているのであるから(被告本人)、その程度のレントゲン写真の読影能力を身につけていた筈である。したがって被告の右主張は理由がない。

二被告の診断と孝の死亡との因果関係について

1  本件各陰影が早期癌であった可能性が高いかどうか

(一) 一般に早期癌か進行癌かの区別は、癌の深達度の違いであり、癌の大きさ、転移の有無、遠隔転移の有無等は、この区別とは直接には関係がない。直腸癌は、直腸の中の粘膜から発生するが、癌の浸潤が粘膜及び粘膜下層にとどまっている癌を早期癌、さらに深く筋層にまで浸潤の及ぶものを進行癌と呼んでいる。早期癌でも、浸潤が粘膜にとどまっているものについては遠隔転移はないが、粘膜下層に浸潤の及んでいる早期癌には数パーセント(三ないし八パーセント)の確率で遠隔転移があるとされており、早期癌であるというだけで、直ちに治癒又は延命の可能性があったとはいえないとしても、早期癌でかつ遠隔転移がなければ、治癒ないし延命の可能性はきわめて高いということはできる。早期大腸癌患者の治療後の五年生存率(五年後の生存者数を治療を受けた患者総数で割った値。なお、一般に癌患者の場合、治療後五年生存すれば「治癒」とみなされている。)は殆ど一〇〇パーセントに及ぶとの指摘もある(<書証番号略>、証人浅見、同水野、水野鑑定)。

なお、証人浅見の証言中には、直腸癌では早期癌というのはほとんどなく、まれにあるのはポリープ型であるとの部分がある。しかし甲第一五号証の一、二の医学文献によれば「進行大腸がん」と対比して、癌浸潤が粘膜内ないし粘膜下層に止まるものとして「早期大腸がん」という分類が存在し、長径二〇ミリメートル未満の隆起性病変については早期癌の方が多いとの指摘があり、大腸癌は結腸癌と直腸癌とに分けられるから(<書証番号略>)、直腸癌にも長径二〇ミリメートル未満の病変については相当数の早期癌が存在することは明らかである。

(二) 本件レントゲン写真中のAB各陰影は、水野鑑定及び証人水野の証言によれば、その大きさは一ないし1.5センチメートルで無茎性である(直接病変を計測したものではないから、その限りで正確性に問題が残るが、病変を撮影した複数枚のレントゲン写真からの計測結果であることからして、概数値として採用できる)。水野鑑定中の参考資料一(白壁彦夫「腹部X線読影テキスト」)によれば、三センチメートル以下の癌の84.8パーセントが早期癌であり、15.2パーセントが進行癌であるとされる。また、同参考資料二(丸山雅一「X線診断〜ポリープ・癌の存在診断と質的診断」)によれば、一センチメートル以上二センチメートル以下の無茎性型の癌のうち、九三パーセントが早期癌で、七パーセントが進行癌であるとされる。

これらの資料からすれば、本件レントゲン写真中の各陰影にかかる病変は、早期癌であった可能性が高いと考えられる。

もっとも証人浅見の証言中には、本件レントゲン写真中の各陰影は、写真を見た限りでは、拡張性や伸展性がなく、直腸の内壁がかなり固くなっていると考えられるから、深達度が深く進行癌であると判断されるとの部分がある。しかし、早期癌か否かは、あくまで病理組織検査による診断を経ないと確定できない(近藤鑑定)上、前述の資料によれば、本件のような形状の場合には進行癌である確率はわずかであって、右病変の進行速度の速さを除いては本件証拠上これが進行癌であることを積極的に窺わせる資料はないし、証人水野のよれば、本件レントゲン写真によっては癌の深達度がどれくらいかは判断できないとのことであるから、本件の各陰影を進行癌であるということはできない。証人浅見は無茎性の直腸癌には早期癌は殆どないという誤った前提の上にたって証言しているから、右各病変を進行癌であるとの同証言部分の信用性は疑わしい。むしろ、右各病変の形態からすると、先に述べたように、早期癌であった可能性が高いと考えられる。

2  昭和五八年七、八月の時点で手術をした場合の治癒ないし延命の可能性について

(一) 大腸癌の進展様式としては、直接連続的に発育する場合と、リンパ管や血管を介して転移する場合、及び深部に浸潤し、壁外に出た癌が腹腔内に播種する播種性転移と管腔内転移などがあり、血行性転移では肝転移が最も多く、次いで肺、そのほかの全身の臓器に見られ、またリンパ節転移としては局所リンパ節に多く、播種性転移では癌性腹膜炎を起こす。しかし大腸癌では胃癌に比べてリンパ節転移の頻度が低く、特に遠隔のリンパ節転移は比較的少なく、腹膜播種も起こりにくいので、大腸癌の予後は一般に胃癌などと比較して良好である。(<書証番号略>)。

水野鑑定によれば、手術後の五年生存率は、二センチメートル以下の大腸癌の場合には九〇パーセント以上とされている(同鑑定中参考資料一参照)。この数値は、昭和五六年の第一八回日本癌治学会でのアンケート集計によるものである。また孝の直腸癌が進行癌であったとしても、本件全証拠によっても本件注腸検査の時点では孝の癌について遠隔転移が存在したことを窺わせる証拠はないから、その時点ではいわゆるⅠ期(ステージⅠ)にあったものと推認するのが相当である(証人浅見は、肝転移や遠隔転移が認められなければⅠ期に入ると証言している)。

<書証番号略>(平成三年九月の第五〇回日本癌学会総会での統計)によれば、直腸癌のステージⅠの五年生存率は、八七ないし九〇パーセントを維持している(ただし、水野鑑定中の参考資料一によれば、七〇ないし八〇パーセントとなるが、この資料は昭和五六年のものである)。

(二) 次にリンパ節転移や遠隔転移があった場合に、それが治癒ないし延命可能性に与える影響について検討する。

まず、リンパ節転移については、手術部位の近くに転移していることが多く、病変を摘出する手術の際に、リンパ節転移を発見でき、直ちに切除できるから(証人水野、近藤鑑定)、本件での治癒ないし延命可能性を考える際にはほとんど問題にならないということができる。

遠隔転移については、病変摘出手術の際に発見できれば、当然切除できるから、治癒ないし延命可能性に影響を与えるのは、隠れた(手術時に発見できなかった)遠隔転移であることになる。早期癌であったにもかかわらず、死亡してしまうのは、通常は隠れた遠隔転移のある場合であろう。とすると五年生存率の数値は、そのような確率で隠れた遠隔転移が存在しなかったということを示すと言うことができるから、結局、早期癌であれば九〇パーセント以上の確率で、遠隔転移は存在しないと理解することができる。

浅見医師が孝を手術した昭和五九年四月時点では、第一群リンパ節から第二群リンパ節にかけて転移が認められ、また漿膜を有する部位に癌が漿膜を貫いて他臓器に浸潤していることが明らかに認められたものの、肝転移、腹膜播種性転移は全く認められなかったし、(<書証番号略>)、孝が昭和六〇年六月に死亡した時点では肝転移及び骨転移が認められるもののその死因は直腸癌の再発とされている(<書証番号略>)。

(三) 倍加期間の点について

(1) (一)及び(二)で検討した点を本件病変にあてはめる場合に、最も問題となるのは、本件病変の倍加期間(腫瘍の容積が二倍になる期間で小さいほど腫瘍の発育が速い。)が1.8か月であり、極めて速い発育速度を持った癌だったということである。倍加期間の平均は、水野鑑定中の参考資料四(牛尾恭輔他「レトロスペクティブにみた大腸癌の発育、進展」)によれば、進行癌で11.4か月(最小3.4か月)、早期癌で51.7か月(最小17.1か月)であるから、本件のように1.8か月というのは、極めて倍加期間が短く、悪性度の高い癌であったことが窺われる(水野鑑定)。

そして右(一)に掲げた五年生存率の統計は、このような倍加期間の短いものだけを集めたわけではないから、本件のような病変の場合には、その数値がそのままあてはまらず、理論上は相対的に低下すると考えられる。

(2) しかしながら、右統計のように九〇パーセントないしそれに近い数字で治癒ないし延命可能性があったと言い切ることはできないにしても、このように倍加期間が短いことの故に、本件病変を摘出した場合でもその治癒ないし延命可能性がないとか、全く不明に陥ると考えるのは相当ではない。治癒ないし延命可能性の判断は、結局、遠隔転移の有無に左右されると考えられるからである。したがって、倍加時間が短いことが、隠れた遠隔転移により患者の死亡する確率に影響を与えるか否かを検討することになる。

さきに指摘したとおり、大腸癌においては、血行性転移で最も多いとされるのが肝転移であるが、孝については肝転移は認められておらず、一般に遠隔のリンパ節転移は比較的少なく、腹膜播種も起こりにくいとされていることからすると、隠れた遠隔転移が、病変1.5センチメートルの時点ですでに生じていた可能性は少ない。現に水野鑑定によれば、原発巣が1.5セントメートルの大きさの場合、他臓器への遠隔転移の可能性は極めて低いと考えられるし、浅見医師が手術をした後約九か月後の時点まででは遠隔転移を認めるべき兆候はなかった。

また隠れた遠隔転移を統計上の数値からみると、前述したように、本件病変の1.5センチメートルという小ささからすれば、早期癌の確率は約九三パーセント、その五年生存率は九〇パーセント以上ということからすると、隠れた遠隔転移の確率もせいぜい一〇パーセント以下になるはずである。仮に、七パーセントの確率で進行癌だったとしても、その五年生存率は最悪の場合で七〇パーセント(最新の資料なら前述のとおり八七パーセントである。)であるから、隠れた遠隔転移の確率もせいぜい一三ないし三〇パーセントの範囲に収まることになる。

次に、癌病変がわずか1.5センチメートル程度の段階でこれを切除するとなると、その部分だけでなく大腸の正常な部分も合わせて切除するのが通常であって(証人水野)、これを放置すれば著しく早く増殖する癌病変であっても、これを根本的に切除してしまうのであるから、すでに遠隔転移が生じていない限りは、倍加期間がさほどに短くない場合と異なることはないはずである。浅見医師は、本件レントゲン写真と入院時の所見とを合わせると、AB陰影にかかる病変あたりが中心となって癌が広がったと判断されるとし、孝の開腹手術をしたときにはすでにこれらを分離できないほどの状況に至っていたので、根治手術を断念したというであり(証人浅見)、早期に原発巣というべき右各病変(AB陰影)およびその周辺部を切除しておけば、その後の直腸癌の進展はなかったのではないかと窺えるのである。しかもその切除に基づく組織検査等により、どの程度に悪性の癌であるかについて、その時点で既に判断でき、その後の隠れた遠隔転移の存否についても十分な観察と検査を行い、その早期発見と早期治療に努めることができたわけであるから、結局のところ、前記のように倍加期間が短い癌病変であることは、隠れた遠隔転移により患者が死亡する確率を著しく高めたり、あるいはこれを不明にしてしまうほどのものではないと解される。水野及び近藤両鑑定が、本件病変の倍加期間の短さから悪性の癌であることを指摘しつつ、なお本件の注腸検査段階でしかるべき検査及び治療を施していれば、孝が治癒し延命した可能性が高いと一致して鑑定していることは、このような点を考慮した結果であると思われる。

(3)  以上のように、本件の直腸癌自体が遠隔転移の可能性が低いと考えられる病変であったし、病変が約1.5センチメートルの段階で摘出手術をしていれば、倍加時間の短い悪性度の高い癌だったとしても、悪性度の強くなる前に種々の処置により、その成長ないし増殖を封じることもできたであろうから、倍加時間が結果として短かったことのみをもって、孝の具体的な治癒ないし延命の可能性があったとの認定を動かすには至らない。

3  したがって、被告が、昭和五八年七月ないし八月の時点で、レントゲンの読影を誤り直腸癌の可能性を疑わなかったという過失行為、及びそのために孝がその頃病変の摘出手術を受ける機会を逸してしまったことと、孝の死亡との間には、相当因果関係があるから、被告は、原告らが孝の死亡によって被った損害を賠償する責任がある。

三損害について

1  逸夫利益について

(一) 孝は、前述のとおり、昭和六年五月二八日生まれで、死亡当時五四歳であった。日本ブリタニカ株式会社の取締役をしていた孝の昭和五九年度の年収は一二六〇万円であった(<書証番号略>)。

次に、就労可能年数として、原告らは、日本ブリタニカ株式会社には、役員の定年制がなかった(<書証番号略>)ことを理由に、一般の就労可能年限である六七歳までの一三年間を主張する。しかし、原告本人尋問の結果によれば、同社の前の社長は六〇歳でやめており、同社の設立からの歴史が浅いために前例に乏しいが、その後も六〇歳を過ぎても在任している社長はいないとのことである。そうすると、制度としての役員定年制はないにしても、孝が実際に取締役として、六〇歳に達するまではその高額の収入を維持していた蓋然性は高いと考えられるものの、六〇歳以後も引き続いてその収入を維持し続けたと推認するのは難しく、結局六〇歳から就労可能年令である六七歳までの間は賃金センサスに基づく平均賃金によりその収入を推定するほかはない。

(二) したがって、原告らの逸失利益のうち、六〇歳に達するまでの分は、年額一二六〇万円から、生活費として原告らの年令及び家族構成等(記録中の戸籍謄本によると、原告貞子は昭和九年生、原告村山薫は昭和四一年生で未婚、原告竹内陽子は昭和三七年生で昭和五八年婚姻)を考慮し四〇パーセントを控除したものに、六年のライプニッツ係数5.0756を乗じて算出すると、次の算式のとおり、三八三七万一五三六円となる。

12,600,000×(100−40/100)

×5.0756=38,371,536

次に六〇歳から六七歳までの逸失利益の計算にあたっては、孝が六〇歳に達した平成二年の賃金センサスの産業計企業規模計学歴計男子労働者平均賃金中六〇歳から六四歳及び六五歳以上の者の年収三八九万七一〇〇円及び三三八万八八〇〇円に基づいて計算するのが相当と判断するので、これを計算すると、次のとおり合計九五八万六五〇八円となる。

3,897,100×(100−40/100)

×(7.7217−5.0756)=6,187,270円

3,388,800×(100−40/100)

×(9.3935−7.7217)=3,399,238円

よって、以上の合計四七九五万八〇四四円が孝の死亡による逸失利益となる。

2  慰謝料について

孝はその死亡により精神的苦痛を受けたことは明らかであり、その慰謝料は金一八〇〇万円を相当と認める。

3  弁護士費用について

原告らが、弁護士である本件訴訟代理人及び辞任前の訴訟代理人を選任して本件訴訟追行を委任したことは本件記録上明らかである。そして本件事案の難易、訴訟追行の経過、本件請求額、前記認容額等を斟酌して勘案すると、原告らが本件訴訟代理人に対し負担するに至った弁護士費用については、原告貞子については二五〇万円、その他の原告については各一二五万円が、被告の不法行為と相当因果関係にある損害と認める。

四結論

以上の次第で、原告らの本件請求中、原告貞子が金三五四七万九〇二二円及びうち弁護士費用を除く金三二九七万九〇二二円に対する不法行為の日の後である昭和六〇年六月二八日から支払い済みまで年五分の割合による遅延損害金を、その余の原告らが各金一七七三万九五一一円及びうち弁護士費用を除く金一六四八万九五一一円に対する右同日から支払い済みまで年五分の割合による遅延損害金を、それぞれ請求する部分は理由があるから、その限度で認容し、その余は理由がないから棄却する。

(裁判長裁判官髙木新二郎 裁判官佐藤陽一 裁判官釜井裕子)

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